こんにちは
やくもしです。
最近の練習について記事にしました。
だいぶふんわりしてます。
1.上達は「何を意識するか」で決まる
技術を上げたいと思うと、つい「どんな練習法をやるか」に意識が向きがちです。
でも、実際に練習を続けてきて思うのは、“何をやるか”よりも“どう意識するか”の方が大事ということでした。
理論や方法ももちろん大切です。
けれど、どれだけ知識を詰め込んでも「意識の置き方」がズレていたら成果は出にくい。
逆に、意識の方向が整っていれば、どんな練習でも伸びるんです。
2年ほど前、ポップンでイージー譜面のSパフェ埋めと50のランダムだけをやるという極端なことをしていた時期がありました。
なぜかその時期、別のレベルの中難易度曲をちょっとだけ触っただけでスコアや罰数が減りました。その時は理由がわかりませんでしたが、イージー譜面をプレイするときに単発1個ずつを必ず光らせる、力を抜いて無駄なく叩くというのを意識していたのがよかったのだと思います。
2.メモをつけると、自分の成長が“見える化”される
最近は、プレイが終わるごとにこんな感じでメモをつけています。
やったこと・プレイ時間
できたこと/できなかったこと
そのときの感覚
気づきや次にやること
プレイできる時間が前よりも減ったため、練習の質を上げるために始めた試みだったのですが、これを始めてから集中できるし、気持ちも安定してきたことに気づきました。
そして気づいたのが、自分の中の“批判的な声”が静かになっているときほど調子がいいということ。
「上手くやらなきゃ」「ミスしたらダメだ」と思っているときは、体が固くなります。
しかし、その 自分の中の“批判的な声” を黙らせてプレイしていると、身体が勝手にいい動きをしてくれることに気づきました。
打鍵感、ボタンの高さやフォーム、力の入れ具合、腕の重さや疲労、体の具合を観察、意識するようにプレイしていると自然と心の声は消え、とても集中できると気づきました。
3.観察と感覚に意識を向ける
観察や感覚に意識を置くようになってから、ミスしたり成果がでなくてもイライラしたり、心が乱れたりしにくくなりました。
「うまくいかない=悪いこと」ではないとわかったからです。
たとえば、睡眠も食事も整えてきたのに、なぜか調子が悪い日ってありますよね。
そんな日は、理由を探さずにただ「そういう日もある」と受け入れるだけでいいことに気づきました。
「ダメだ」と思っても、それは一瞬の判断にすぎない。
その瞬間の“自分の観察結果”として受け入れればいい。
そう思えるようになってから、気持ちが軽くなりました。
観察に集中していると、ネガティブな感情って自然に消えて行きます。
そうすると、勝手に集中、没頭していきます。
4.「やっている」よりも「起きている」
プレイ中、手先や腕、ボタンの押し込み具合、姿勢などの感覚に集中しているとき、自分がゲームを操作しているというよりも、
動きが勝手に起きているように感じる瞬間があります。
頭で「こうしよう」と考えなくても、体が反応してくれる。
そのときは無理がなく、力も抜けている。
つまり、「意識的に処理しよう」とする必要すらない。
感覚に任せておくだけで、体は現時点の技術で最も自然に最適な動きで処理してくれるんです。
しかし、技術的に余裕がない配置や、認識の限界を超えているものを処理しようとすると身体が勝手に力みを持つので、その時だけ意識的に制御、脱力するようにして、集中を維持します。
5.理論は、最後には感覚に溶けていく
理論や方法は大事な出発点です。
でも、突き詰めていくとそれらは感覚の中に溶けていく。
上手い人が「感覚派」のように見えることがあります。
それは上手い人達が理論を捨てたからではありません。
理論を身体の中に落とし込んで、感覚で語れるようになったからです。
頭で理解していたことが、身体の自然な動きとして現れるようになる。
これこそが「感覚で上達する」ということなんだと思います。
6.「力を抜け」「楽しめ」の本当の意味
上手い人ほど、こう言います。
「肩の力を抜け」
「楽しんでやれ」
「適当にやるくらいがちょうどいい」
正直、昔は「上手い人だからできること」だと思ってました。
でも今は逆だと思っています。
その感覚でいられるから上手い。
「楽しむ」「力を抜く」というのは、外の評価から自由でいる状態。
リラックスというより、“意識の使い方が上手い”ということなんです。
心理学でいう“フロー状態”もまさにそれ。
W.T.ガルウェイの『インナーゲーム』や、ミハイ・チクセントミハイの『フロー体験』、
さらには禅やアレクサンダー・テクニークなど、すべて同じ方向を指しています。
7.練習の本質は「意識の質」を磨くこと
今では、技術練習の結局は意識のトレーニングだと思っています。
感覚に意識を置くことで、脳が効率的に学び、動きの再現性も上がる。
そしてその過程で、センスや直感も育っていく。
練習とは、身体を動かすことではなく、
意識の焦点を整えること。
感覚的に練習することで、偶然やひらめきすら味方になります。
だから、感覚で練習することは「センスを磨くこと」そのものなんだと思っています。
理論は出発点、感覚は到達点
理論や方法はスタート地点。
感覚は、その先にあるゴール。
地図を見なくても歩けるようになること。
それが上達の本当の姿なんじゃないかと思います。
観察して、感じて、流れに乗る。
それだけで、技術は自然に洗練されていく。
センスが良い人というのはそれが自然とできている人なのでしょう。
参考書籍&おすすめリーディングリスト
『フロー体験 ― 喜びの現象学』(ミハイ・チクセントミハイ)
→ “没入”の心理状態を科学的に説明した名著
『インナーゲーム』(W.T.ガルウェイ)
→ 「セルフ1(批判する自分)」と「セルフ2(感覚で動く自分)」の関係が詳しく書かれています
『PEAK ― 超一流になるのは才能か努力か?』(アンダース・エリクソン)
→ 熟達と感覚化のプロセスを実験的に解説